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神戸地方裁判所尼崎支部 平成5年(ワ)182号 判決

主文

一、被告は原告に対し、別紙物件目録二記載の土地につき六分の一の共有持分移転登記手続をせよ。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一、請求

被告は原告に対し、別紙物件目録二記載の土地につき六分の一の共有持分移転登記手続をせよ。

第二、事案の概要

本件は、被相続人から土地の所有権移転登記を受けた被告に対し、相続人である原告が、自己が遺留分減殺請求権を行使したことによって、同土地につき、遺留分相当の共有持分を有するに至ったことを理由に、右遺留分相当の共有持分移転登記手続を請求している事案である。

一、争いのない事実等

1. 原告、橋本佳壽子(以下「橋本」という。)及び被告前代表者亡井上得雄(以下「得雄」という。)は、いずれも亡井上得就(以下「得就」という。)の子であり、被告は宗教法人法に基づく宗教法人である。

得就は、昭和四三年一月七日死亡し、同日相続が開始した。

右相続時における法定相続人は、原告、橋本及び得雄の三名であり、各人の遺留分はそれぞれ六分の一である。

2. 別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)は、一筆の土地であって、別紙物件目録二記載の土地(以下「本訴請求土地」という。)と別紙物件目録三記載の土地(以下「本件残余土地」という。)とで構成されている。

本件土地は、登記簿上得就名義であったが、昭和三一年七月七日、同年四月八日付寄付を原因として、得就から被告に対する所有権移転登記がなされた(甲1、6)。

当時、被告の代表役員は得就であった。

3. 原告及び橋本は、被告に対し、内容証明郵便(昭和五〇年一一月一七日付、以下「本件内容証明郵便」という。)をもって、遺留分減殺請求の意思表示をし同書面は同月一八日被告に到達した。(甲3の1、2)

4. 前件訴訟

原告及び橋本は、被告に対し、昭和五一年一月、当庁に前件訴訟(当庁昭和五一年(ワ)第二六号共有持分移転登記手続請求事件)を提起した。

前件訴訟において、橋本は、主位的に本訴請求土地につき所有権移転登記請求を、予備的に本件土地につき六分の一の共有持分の移転登記請求をし、原告は、主位的に本件残余土地につき六分の一の共有持分の移転登記請求を、予備的に本件土地につき六分の一の共有持分の移転登記請求をした。

前件訴訟の一審判決は、原告及び橋本の主位的請求を認容し、予備的請求に対する判断はしなかった。これに対して、被告から控訴がなされ、控訴審は、原判決のうち橋本に対する部分を取り消したうえ、橋本の主位的請求を棄却して予備的請求を認容し、原告に対する控訴を棄却した。これに対し、橋本及び原告は上告したが、上告審は、昭和六二年三月三日、橋本の上告を棄却し、原告の上告を却下した。前件訴訟は確定した。その結果、前記3項の遺留分減殺請求により共有持分を有することを理由として、橋本は本件土地につき六分の一の共有持分移転登記請求権を、原告は本件土地のうち本件残余土地につき六分の一の共有持分移転登記請求権を、それぞれ有することが確定した。

5. 本件訴訟(以下の事実は本件記録上明らかな事実である。)

本件訴訟は、昭和六三年四月一一日、提起されたが、差戻前の一審判決は、前件訴訟では、原告の主位的請求の部分についてのみの判決がなされ、予備的請求のうち主位的請求を上回る部分(本訴請求部分)については、棄却の判決もされず、放置されたままとなっているから、前件訴訟の一審判決は、請求の一部についてのみ判決したのであって判決の脱漏が生じている、したがって、本訴請求は、なお、前件訴訟の一審裁判所に継続しており、本件訴えは民訴法二三一条の二重起訴に当たるとして却下した。

これに対し、原告が控訴したところ、控訴審は、「予備的請求とは、主位的請求の確定的認容を解除条件とするものであるから、前件訴訟において控訴人の主位的請求が認容されて確定した以上、前件請求における控訴人の予備的請求は遡及的に消滅したものと解するのが相当であって、前件訴訟において控訴人の請求についての判決の脱漏があったとみるべきではない。」ことを理由に、本訴請求土地につき、原告が、本件訴訟においてその六分の一の共有持分移転登記手続を求めることは、「前件訴訟において訴訟物となっていないことから、前件訴訟の一事不再理の効力の及ぶところではな」いとして、差戻前の一審判決を取り消し、原審に差し戻した。

被告は上告したが、上告審においても、「本件訴えは、民訴法二三一条の二重起訴禁止に触れるものではない」とされ、上告棄却された。

二、争点

1. (請求原因に関して)

(一)  本件土地は、もと得就の所有だったものを被告に贈与したのか、それとも、もともと被告所有だったのか。

原告は、本件土地はもと得就の所有するものであったのを、得就が被告に贈与したものであると主張する。

これに対し、被告は、本件土地は実質上被告の所有たったが、方法がなかったので住職であった得就名義としていたにすぎない、したがって、得就から被告への所有権移転登記は、真正な登記名義に戻しただけであると主張する。

(二)  得就及び被告は、贈与当時、本件土地の贈与が、原告の遺留分を侵害することを知っていたか。

原告は、得就には右贈与当時、本件土地以外にほとんど財産がなく、贈与を受けた当時の被告の代表役員は得就自身であったから、右贈与によって、相続人の遺留分が侵害されることを得就及び被告は熟知していたと主張する。

2. (抗弁に関して)

(一)  遺留分減殺請求権が時効により消滅したか否か。

被告は、次のとおり主張して、遺留分減殺請求権につき消滅時効を援用する。

(1) 亡得就が死亡し相続が開始したのは、昭和四三年一月七日であり、既に相続の開始から一〇年を経過したものであるから、遺留分減殺請求権を行使することは消滅時効によりできない。

(2) また、遺留分減殺請求権は、相続開始及び減殺すべき贈与があったことを知ったときから一年間で消滅時効にかかるところ、原告は当庁に前件訴訟を提起し、その中で遺留分の主張をしているのであるから、この時点で減殺すべき贈与があったことを知ったことは明らかである。そして前件訴訟の上告審判決は昭和六二年三月三日に下されたから、この日から一年たった昭和六三年三月三日の経過をもって、消滅時効が完成するものというべきである。原告の本件訴訟の提起はその後の同年四月一一日になされたものであるから、遺留分減殺請求権を行使することは消滅時効によりできない。

(二)  相続回復請求権が時効消滅したことにより、原告は、もはや共有持分移転登記請求権の行使はできないのか。

被告は、次のとおり主張して、相続回復請求権につき消滅時効を援用する。

仮に、本件内容証明郵便により、本訴請求土地について遺留分減殺請求がなされたものとしても、形成権としての遺留分減殺請求権の行使後、本訴提起までは、一二年も経過しているから、本訴請求土地について共有持分移転登記を求めることは、民法八八四条の相続回復請求権の一〇年の時効消滅の規定によって、もはやできない。

第三、当裁判所の判断

一、争点1(一)(本件土地の所有者)について

証拠(甲6、7、9ないし15)によれば、本件土地は被告の境内地に属するが、本件土地の土地台帳には当初井上得永(得就の父)の個人所有地として登録され、又、同二九年八月一四日同人の遺産相続を原因として得就の所有権登記がなされ、土地台帳にもその旨記載されていること、本件土地につき、昭和三一年四月八日付けの得就から被告への寄付を原因とする同年七月七日付け所有権移転登記が経由されていること、得就は同二三年二月ころ、檀家に諮ることなく一存で、橋本に対して本件残余土地の一部に住宅を建築することを許し、橋本とその夫は同土地上に建物を建築し、その後これを増築したことが認められ、右事実によると、本件土地は得永の個人所有に属し、得就が遺産相続により取得したものと認めるのが相当である。甲7の2、3(明治一三年調武庫郡寺院明細帳)には、被告の境内地は檀徒の共有である旨記載されてはいるが、これは、右確認を覆すに足りるものではない。

また、前掲各証拠によれば、得就は、昭和三一年四月八日、被告に対し本件土地を寄付、すなわち贈与し、同年七月七日、その旨の所有権移転登記を経由したことが認められる。

二、争点1(二)(遺留分侵害についての知・不知)について

証拠(甲9、10、13の1、13の2、14の1、14の2、15〔但し、14の1、14の2、15についてはその一部〕)によれば、右贈与当時、被告の代表役員であった得就は、被告の住職としての収入並びに子である原告、橋本及び得雄らの世話を受けて生活していたこと、得就は当時老齢であり本件土地以外にはさしたる財産はなく、また、将来財産が増加する見込みのない状態にあったこと、実際、得就死亡時まで財産状態に格別の変化はなかったことが認められ、右認定に反する甲14の1、14の2及び15の一部はその内容並びに前掲各証拠と対比して直ちに採用しがたく、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

以上によれば、得就は将来自己の財産が増加することのないことの予見のもとに本件土地を被告に贈与したということができるから、右贈与によって、得就の相続人である原告及び橋本の遺留分が害されることを被告及び得就は知っていたものであると認めることができる。

三、争点2(一)(1)(2)(遺留分減殺請求権の時効消滅)について

被告の各主張は、本件訴訟の提起によって、原告が遺留分減殺請求権の行使をしたものであるとの前提にたつものであると解されるので、これにつき検討するに、そもそも、遺留分減殺請求権は形成権であると解すべきであって、一旦その意思表示がなされた以上、法律上当然に減殺の効力を生じ、もはや、減殺請求権そのものについては、消滅時効を考える余地はないというべきところ、前記認定のとおり、原告は、昭和五〇年一一月一八日到達の本件内容証明郵便により減殺の意思表示をしたのであるから、これによって確定的に減殺の効力が生じ、その後においては、もはや、遺留分減殺請求権について時効の問題は起きないというべきであって、被告の主張は失当である。

四、争点2(二)(相続回復請求権の時効消滅)について

前記のとおり遺留分減殺請求権は形成権であり、その行使によって遺留分侵害行為の効力は消滅し、目的物上の権利は当然に遺留分権利者に帰属すると解すべきであるから、本件内容証明郵便の送付による遺留分減殺請求権の行使によって、本件土地の所有権は、原告の遺留分の範囲において原告に帰属したものというべきである。そうすると、原告の本訴請求は、所有権に基づく返還請求権すなわち物権的請求権に基づく請求であるというべきところ、物権的請求権は消滅時効にかかるものではないのであるから、相続回復請求権の時効消滅をもって原告の請求に対する抗弁とする被告の主張はこれを採用することができない。

以上のとおり、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

物件目録

一 西宮市甲子園六番町一七七番の一

宅地 一三一七・一五平方メートル

二 右一の土地のうち別紙図面イロハニホヘトイを順次直線で結んだ範囲の土地

宅地  二五四・〇六平方メートル

三 右一の土地から右二の土地を除いた残余の土地

宅地 一〇六三・〇九平方メートル

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